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Saturday, March 14, 2009

寿町と釜ヶ崎

 前回はタイトルを入れ忘れて、ごめんなさい。投稿を後から訂正するのはできないのかな?
 コメントをくれたmimi、kohjiroありがとう。コメントは書いてないけど文章はちゃんと読んでるぞって人もありがとう。

 今日は長い時間かけて書いたのに、文章は全然整理されてないし、思ったことや感じたことの一割も書けていない気がして、もうとにかく釜ヶ崎での経験について自分の気持ちがまだまだ整理されていないことを嫌というほど痛感しました。これ以上時間をかけてもキリがなさそう…。どこかで区切りをつけなければと思ったのでこの状態で載せます。



 釜ヶ崎でのことについて書く前に、「ツアーに出発する10日ほど前にけいこと実可と横浜の寿町の炊き出しに参加させてもらったとき」のことを書きます。というのも、自分にとって寿町に行ったことが、ツアー本番の釜ヶ崎への心の準備にもなったから。

 その日の横浜は季節柄寒かったけど天気は晴れ。人が集まれるちょっとした広場のような場所で炊き出しがあった。カレーを受け取っていた人の数は釜ヶ崎よりは少なかったけれど、百人前後以上くらい(?)はいたと思う。俺はカレーを配る作業ではなくて、座りこんでカレーを食べている人たちや食べ終わって休んでいる人たちに生活備品を配るということをした。具体的にはティッシュ、歯ブラシ、シャンプー、石鹸、カミソリなど。ツアーの釜ヶ崎では裏方で食器洗いの手伝いをしたので、寿町のほうが多くの人とより間近で接することができた。
 そうして小さな広場を歩き回って、のべ100~200人くらい(?)の人たちに色々配ったり食べ終わった容器を受け取ったりしながら、彼らはひとくくりにホームレスとか日雇い労働者とか呼ばれるけど、実に色んな人がいるなあと思った。当たり前のことのはずだけど、あそこに行くまで分かってなかった。
 歯ブラシを渡したらすごく礼儀正しくありがとうと言ってくれる人や、うつむいたまま去っていく人。向こうでは2人の人が何やら口論していて、それを止めに入る人も。
 ある日の夜三鷹のどっかの建物の中で、熱心に歌詞を覚えようとしてる人や、バスの時間があるから帰る人や、何人か雑談していてそれに加わる人もいるように、色んな人がいる。



 釜ヶ崎での”彼”のことはもちろん覚えている。”彼”の話の内容はともかくその話し方や態度が俺にとってはむかつく所もあり、話に割って入って言い返すかたちになったけど、言い負かそうとは全く思っていなかった。俺だってあそこで歌うのはまあ偽善だろうと思ってた部分も多い、と同時に、うちらの歌をいいなと思ってくれる人もいてほしいとも思っていた。あそこで歌うのがいいことか悪いことか、その両方なのか何なのかもう分からなかったし、今でも分からない。でもやってみなきゃ何にも分からないとも思っていた。とにかく分からないままでも目の前にいる”彼”とは目を見て話をしなければいけないと感じたので、”彼”に合わせてこっちも神妙な顔つきでいくかぁと思いながら、”彼”には「とにかく歌を聴きやがれ」みたいな意味のことを言った。(かなり偽悪的表現あり)

 いざ本番になって、立ち位置から周りをひとまわり見たときは、なあんだいつもと同じだなと正直思った。後ろにバンドメいンバー、前にJeremiahがいて、こっちを見てくれている人もいれば、見てない人もいるけど、まわりに聴いてくれる人がいる。あの2、30分に関しては、青い空の下で歌ったのが気持ちよかったというのが一番の感想だった。あの日は晴れて本当によかった。


 ところで前回の火曜日のNHK「プロフェッショナル」では、北九州でホームレス支援の仕事をしている人が取り上げられていた。そのプロフェッショナル奥田知志さんが言っていたのが、
「ひとくくりにホームレス支援と言われるが、個人の支援、つまり田中さんや佐藤さんの支援をするという意識でやっている。」
 1年前ははっきりと意識していなかったけど、自分も寿町や釜ヶ崎で歌ったり炊き出しを手伝ったりするときに、そんな気持ちを持とうとしていたのではないかと思う。

1 comment:

kohjiro said...

プロフェッショナル仕事の流儀は録画してるはず!今度見てみるゎ。さんくす。

うん、リヒトの整理し切れない気持ちが伝わってきたし、文章の裏にもっとこう言いたいけど言葉にしづらいものがある感じが伝わってきた。時間をかけて書いてくれることありがとう!

俺も整理しきれない気持ちはあるけど、釜ヶ崎で歌えたことは神様プランじゃなきゃ成しえないことだと感じた。
そして神様はクリスチャンだから用いるとかじゃなくて、「すべて」の人を通して働くんだってことを強く感じてた。
実際あのとき動きまくってたのは浩平や実可、俺が語られたのはおじさんたちを通して。
それが神様の働き方。それが恵みかと。

 あのとき釜ヶ崎で歌ってる最中に俺はなぜか泣き崩れちゃってしゃがんだ瞬間があったんだけど、もうよく分からなかった。感謝、困惑、臨在、疑念、恵み、喜び、自責、感動。もうごっちゃな気持ちが一気に押し寄せた。
でも今こうして書く人がいる、読む人がいる、知る人がいる、考える人がいる。それがあそこで歌ったことの意味かな。

そう思った。