浩平が自分に絶望とか、みんなに迷惑って…。
それならうちらはそれ以上に絶望、土下座、引退して自分に人間失格の捺印を押さなきゃいけなくなるので、浩平がいつもそんなことを言うようなら、困ります。
とはいえ、絶望とは極端な言い方だが、僭越ながらその気持ちには共感するところが大きい。俺だっていろんなことに対して「こんなこともできないのか」と思わない日はない気がする。でも、適度にならばそんな気持ちはどんどん持ったほうがいいとも思う。たとえば優越感も劣等感も、健康的な範囲内ならもっともっと持ちたいし、多少は不健康でもどうにかなるだろう。気持ちのバランスをとるのが大変で失敗することもしばしばなんだけどね。
ツアーの二日目では神戸の街中で歌ったことや中華街に行ったことはもちろんいい思い出になった。でもそれだけじゃなくて、吹田教会に帰ってきて夕食を食べた後、浩平と実可が翌日の釜ヶ崎についての説明していたのも妙に思い出に残っている。
フリーが釜ヶ崎三角公園で歌うのはいいが、炊き出しが11時半から開始することは長い間釜ヶ崎で守られてきたことなので、フリーのライブによって炊き出しの開始時刻が遅れてはならない、また、歌い終わったらいつものように余韻に浸ってないで、すぐに炊き出しを手伝うこと。これらが重要な連絡だった。
そんな話から伝わってきたのは、釜ヶ崎で生活する労働者の人たちの、一日一日を生きる、その切実さだった。また、ツアーに出発する10日ほど前にけいこと実可と横浜の寿町の炊き出しに参加させてもらったときも、カレーや生活備品(ティッシュやかみそりなど)を受け取る大勢の人たちの切実さを少しかもしれないけれど目の当たりにした気がしていた。温かいカレーが食べれるとの噂を聞きつけて、横浜駅のほうから何キロも歩いて寿町まで来た人もいるとのことだった。
諸々の連絡事項をひととおり説明した後で、浩平が
「必ず成功します。」
と言ったのははっきりと覚えている。その言葉を聞いて、あっ、このひとは真剣なんだな、本当に成功させたいと思ってるんだなと感じた。そして、そう思ってるからこその不安もあるのではないかと感じた。
いくぶんかの不安を内包したセリフは美しい―まったく、自分もあんなふうに「ウソ」をプレーしたいなあと思う。
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1 comment:
へぇ。。。
誰か(りひと)から見た誰か(こうへい)の姿を別の誰か(私)が知るって不思議。
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